「PMF(Product-Market Fit)を達成した」と確信を持って言えるスタートアップは、実はそれほど多くない。多くの起業家がPMFを達成したつもりで先に進み、シリーズAの調達時に「実はPMFに達していなかった」と気づく。
この記事では、BtoBのSaaSスタートアップ「TaskFlow」(仮名)がシード期からPMF達成までの180日間にどのような道のりを歩んだのか、その全記録を共有する。彼らの経験は、多くのSaaS起業家にとって参考になるはずだ。
Day 0:プロダクトのアイデアと創業チーム
TaskFlowの共同創業者は3人。CEO田中(仮名)は大手コンサルティングファームで5年間、製造業のDX支援を担当。CTO鈴木(仮名)はメガベンチャーでバックエンドエンジニアとして7年。CPO山田(仮名)はSaaS企業でプロダクトマネージャーとして4年の経験を持つ。
アイデアは、製造業の生産管理をクラウド化するSaaSだった。田中がコンサル時代に目の当たりにした「エクセルと紙の管理台帳で回っている工場」の課題を解決するプロダクトだ。
市場規模は製造業のIT投資額から算出して約5000億円。そのうちクラウド化が進んでいない中小製造業をターゲットにすると、SAM(Serviceable Addressable Market)は約500億円と推計した。
Day 1〜30:最初のプロトタイプ
最初の1ヶ月で作ったのは、極めてシンプルなプロトタイプだった。機能は3つだけ。
- 生産オーダーの登録と一覧表示
- 工程ごとの進捗ステータス管理
- 納期アラート(納期の3日前にメール通知)
技術スタックはNext.js + PostgreSQL + Vercel。MVP(Minimum Viable Product)としては十分すぎるくらいだった。重要なのは、このプロトタイプを使って「最初の10社」にヒアリングを行うことだった。
田中がコンサル時代の人脈を活用して、東京・神奈川の中小製造業10社にアポイントを取った。実際に工場を訪問し、プロトタイプを見せながら課題をヒアリングした。
Day 31〜60:最初のピボット
ヒアリングの結果は衝撃的だった。10社中8社が「生産管理のクラウド化は必要だと思う」と答えた一方で、「でも、今すぐお金を払って導入したいか」と聞くと、全社が首を横に振った。
理由は明確だった。
- 既存のエクセル管理で「なんとかなっている」
- 現場の作業員がITツールに抵抗がある
- 導入コストだけでなく、移行コスト(データ入力、研修)が高い
ここで重要な学びがあった。「Nice to have」と「Must have」の違いだ。生産管理のクラウド化は「あったら便利」だが、「ないと困る」レベルではなかった。
チームは緊急ミーティングを開き、ヒアリング結果を分析した。その中で、ある発見があった。10社中3社が、「不良品率の管理」に深刻な課題を抱えていたのだ。具体的には、不良品が発生した際の原因追跡(トレーサビリティ)に平均で2〜3日かかっており、その間に同じ不良が続発するという問題だった。
この「不良品トレーサビリティ」こそが「Must have」の課題だった。品質不良は直接的な損失(廃棄コスト、再製造コスト)だけでなく、顧客との取引停止リスクにもつながる。
Day 45で、TaskFlowはピボットを決断した。生産管理全般のSaaSから、不良品トレーサビリティに特化したSaaSへの転換だ。
Day 61〜90:ピボット後の再構築
ピボット後のプロダクトは、以下の3つの機能に絞った。
- 不良品登録:現場の作業員がスマホで不良品の写真を撮り、発生工程・不良内容を選択して登録。入力は30秒以内で完了する設計。
- 自動原因追跡:不良品の発生パターンをAIが分析し、原因となった工程・材料ロット・作業者を自動で推定。
- リアルタイムアラート:不良率が閾値を超えた時点で、品質管理者にSlack通知。
CTOの鈴木は2週間でプロトタイプを再構築した。フロントエンドはReact Nativeでモバイル対応。バックエンドはPython + FastAPIに変更し、不良パターンの分析にはscikit-learnを使った。
このプロトタイプを前回ヒアリングした3社に見せたところ、全社が「すぐに試したい」と回答した。これは大きな手応えだった。
Day 91〜120:最初の有料顧客
3社にベータ版を無料で提供し、2週間の試用期間を設けた。結果は以下の通りだ。
- A社(自動車部品製造):不良品の原因特定にかかる時間が平均2.5日→4時間に短縮
- B社(電子部品製造):不良率が月次で1.2%→0.7%に改善
- C社(金属加工):品質管理者の残業時間が月40時間→15時間に削減
3社すべてが有料プランへの移行を決めた。月額利用料は1ライン(生産ライン)あたり5万円。A社は3ライン、B社は2ライン、C社は1ラインで契約し、MRR(Monthly Recurring Revenue)は30万円からスタートした。
金額としては小さいが、重要なのは「お金を払ってでも使いたい」という顧客が存在することが証明されたことだ。
Day 121〜150:PMFの兆候
Day 120の時点で、TaskFlowのチームは「PMFに近づいている」と感じていた。しかし、PMFを定量的に測定する必要があった。
TaskFlowが採用したPMFの指標は、ショーン・エリスが提唱する「40%ルール」だ。「このプロダクトが使えなくなったら、どう感じますか?」という質問に対して、「非常に残念」と答えるユーザーが40%以上であればPMFを達成したとみなす。
3社の現場作業員と品質管理者、合計15名にアンケートを実施した。結果は以下の通りだ。
- 非常に残念:9名(60%)
- やや残念:4名(27%)
- あまり残念ではない:2名(13%)
- 全く残念ではない:0名(0%)
60%が「非常に残念」と回答。40%ルールをクリアした。しかし、サンプル数が少ないため、これだけでPMF達成とは言い切れない。追加の定量指標として、以下も確認した。
- DAU/MAU比率:0.65(目標0.5以上)
- NPS:+45(目標+30以上)
- 解約率:0%(ただし契約期間が短いため参考値)
- オーガニック紹介:3社中2社が取引先に自発的に紹介
特に「オーガニック紹介」は強いPMFのシグナルだ。顧客が自発的にプロダクトを他者に勧めるということは、プロダクトが「なくてはならないもの」になりつつある証拠だ。
Day 151〜180:PMF達成と次のステージへ
Day 150までに、口コミと田中の営業活動で顧客数は8社、MRR は120万円に成長した。解約率は依然として0%だった。
Day 160で、大きな転機が訪れた。大手自動車メーカーのTier1サプライヤーから問い合わせが入ったのだ。きっかけは、ベータ版を使っていたA社(自動車部品製造)の品質管理レポートだった。A社の不良率が大幅に改善したことに、親会社であるTier1サプライヤーが注目したのだ。
この問い合わせは、TaskFlowのビジネスモデルを変える可能性があった。中小製造業1社あたりMRR 5〜15万円のボトムアップモデルから、大手メーカーのサプライチェーン全体にデプロイするトップダウンモデルへの展開だ。
Day 180の時点で、TaskFlowは以下の状態にあった。
- 顧客数:10社
- MRR:150万円
- 解約率:0%
- NPS:+52
- 40%ルール:62%
チーム全員が確信していた。PMFは達成した。
PMF達成に必要だったもの
TaskFlowの180日間を振り返ると、PMF達成に必要だったのは以下の3つだった。
- 顧客との対話:プロダクトを作る前に、顧客の「本当の課題」を見つけること。Nice to haveとMust haveを見極めること。
- 素早いピボット:最初のアイデアに固執せず、データに基づいて方向転換すること。TaskFlowはDay 45でピボットを決断した。
- 定量的な測定:PMFを「感覚」ではなく、数値で測定すること。40%ルール、DAU/MAU、NPS、解約率を定期的に追跡すること。
PMFは一度達成すれば終わりではない。市場環境は変わるし、顧客のニーズも変わる。しかし、最初のPMFを達成した経験は、チームに「顧客の声を聞き、データで判断し、素早く行動する」という文化を植えつける。それこそが、スタートアップの最大の資産だ。








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