リモートワークが定着した今、スタートアップのオフィス戦略は根本的に変わった。「全員が毎日出社する」前提のオフィスは過去のものになり、「週2〜3日の出社」を前提とした柔軟なオフィス選びが主流になっている。
しかし、選択肢が増えたことで、かえって判断が難しくなっている。WeWorkのようなコワーキングスペースで十分なのか、SPACESのような上位グレードのシェアオフィスが必要なのか、それとも自社オフィスを借りるべきなのか。
この記事では、従業員10〜50名規模のスタートアップを想定し、それぞれの選択肢のコスト構造を分析する。
前提条件の整理
比較を公平にするため、以下の前提条件を設定する。
- 従業員数:20名(エンジニア12名、ビジネス5名、コーポレート3名)
- 出社率:平均60%(週3日出社)→ 同時出社最大人数は約12名
- エリア:東京都渋谷区・港区(スタートアップ集積地)
- 必要面積:12名が快適に作業できるスペース+会議室1〜2室
選択肢A:WeWork
コスト構造
WeWorkの料金体系は、大きく3つに分かれる。
1. ホットデスク(共用デスク)
月額:約4万円/人
専用の席はなく、空いている席を使う。ノマドワーカーやフリーランス向けだが、スタートアップのチームには不向き。隣に見知らぬ人が座るため、機密性の高い会話は難しい。
2. 専用デスク
月額:約6万円/人
共用エリア内に自分専用のデスクが割り当てられる。ただし、壁やパーティションはなく、プライバシーは限定的。
3. プライベートオフィス
月額:約8〜12万円/人
壁で区切られた専用スペース。チームでの利用に最適。12名用のプライベートオフィスの場合、月額は約100〜140万円。
20名の会社で、同時出社最大12名を想定すると、12名分のプライベートオフィスが現実的な選択だ。月額コストは約120万円。これに会議室の追加利用料(月数万円)を加えると、月額約125万円。年間で1500万円だ。
メリット
- 初期費用がほぼゼロ(敷金・保証金不要、内装工事不要)
- 契約期間が柔軟(最短1ヶ月〜)。人数の増減に合わせてスケールできる
- インフラ完備(Wi-Fi、プリンター、ドリンクバー、清掃)
- イベントスペース、ラウンジなどの共用施設が利用可能
- 他のスタートアップとの交流機会
デメリット
- 1人あたりのコストが高い(自社オフィスの1.5〜2倍)
- カスタマイズ不可(内装、レイアウトを自由に変えられない)
- 騒音問題(共用エリアの音が気になる場合がある)
- ブランディングの制約(自社のロゴや看板を出せない/制限がある)
選択肢B:SPACES(IWGグループ)
コスト構造
SPACESはIWGグループ(旧Regus)が展開するコワーキングスペースブランド。WeWorkよりもデザイン性が高く、落ち着いた雰囲気が特徴だ。
12名用のプライベートオフィスの月額は約110〜150万円。WeWorkとほぼ同等か、やや高め。ただし、立地やフロアによって大きく異なる。
WeWorkとの違い
- 雰囲気:WeWorkが「活気あるスタートアップ」の雰囲気なら、SPACESは「落ち着いたクリエイティブオフィス」の雰囲気。クライアントの訪問が多い企業には、SPACESのほうが好印象を与える場合がある。
- コミュニティ:WeWorkのコミュニティイベントが頻繁なのに対し、SPACESは比較的静か。集中して作業したいチームにはSPACESが向いている。
- グローバルネットワーク:IWGグループは世界120カ国以上に拠点を持つ。海外出張時に現地のSPACES/Regusを利用できるメリットがある。
選択肢C:自社オフィス(賃貸)
コスト構造
渋谷区・港区で20坪(約66平米)のオフィスを借りる場合のコスト内訳は以下の通りだ。
| 項目 | 月額/一時金 | 備考 |
|---|---|---|
| 賃料 | 40〜60万円/月 | 坪単価2〜3万円 |
| 共益費 | 5〜8万円/月 | 賃料の10〜15% |
| 敷金 | 240〜360万円 | 賃料の6ヶ月分 |
| 内装工事 | 200〜400万円 | 10〜20万円/坪 |
| 家具・備品 | 100〜200万円 | デスク、椅子、モニター等 |
| インフラ | 5〜10万円/月 | インターネット、電気、水道等 |
| 清掃 | 3〜5万円/月 | 週2〜3回 |
月額ランニングコストは約55〜80万円。初期費用は540〜960万円。年間コストは約660〜960万円+初期費用だ。
メリット
- 1人あたりのコストが最も低い(月3〜4万円/人)
- 完全なカスタマイズが可能(内装、レイアウト、ブランディング)
- 自社の文化を空間で表現できる
- セキュリティの完全なコントロール
- 長期的にはコスト効率が最も高い
デメリット
- 初期費用が大きい(500万〜1000万円)
- 契約期間が長い(通常2年〜、中途解約にはペナルティ)
- スケールの柔軟性がない(人数増加時に移転が必要)
- 管理業務の負担(清掃、修繕、備品管理など)
損益分岐点の分析
3つの選択肢を、12ヶ月間のトータルコストで比較する。
| 項目 | WeWork | SPACES | 自社オフィス |
|---|---|---|---|
| 初期費用 | 約10万円 | 約10万円 | 約750万円 |
| 月額コスト | 約125万円 | 約130万円 | 約70万円 |
| 12ヶ月トータル | 約1510万円 | 約1570万円 | 約1590万円 |
| 24ヶ月トータル | 約3010万円 | 約3130万円 | 約2430万円 |
1年間ではWeWork/SPACESと自社オフィスのコストはほぼ同等だ。しかし、2年目以降は自社オフィスのほうが大幅にコスト効率が良くなる。損益分岐点は約14ヶ月。つまり、14ヶ月以上同じ場所でオフィスを使う見込みがあるなら、自社オフィスのほうが経済的だ。
フェーズ別の推奨戦略
シード期(0〜10名)
WeWorkのホットデスクまたは小規模プライベートオフィス。初期費用を抑え、事業の方向転換に対応できる柔軟性を確保する。月額コストは30〜50万円。
シリーズA前後(10〜30名)
自社オフィスへの移転を検討するタイミング。ただし、急成長中で人数が読めない場合は、WeWork/SPACESの大部屋を継続するのも選択肢。
シリーズB以降(30名〜)
自社オフィス一択。コスト効率、ブランディング、採用(オフィス環境は採用力に直結する)のすべての面で自社オフィスが優位。
ハイブリッドワーク時代の新しい選択肢
最近注目されているのが、「自社オフィス+コワーキングスペースの併用」というハイブリッドモデルだ。小規模な自社オフィス(チームの50%が入る程度)を借り、残りのメンバーはWeWorkのホットデスクを利用する。
このモデルのメリットは、固定費を抑えつつ、チームの一体感を維持できることだ。週に2〜3日は全員が自社オフィスに集まり、残りの日はリモートまたはコワーキングスペースで作業する。
オフィスは単なる「作業場所」ではない。チームの文化を育て、コラボレーションを促進し、企業のアイデンティティを体現する場所だ。コスト最適化は重要だが、「どんな空間でチームが最高のパフォーマンスを発揮できるか」という視点も忘れてはならない。









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